慢性疼痛と共に生活をしている私が、心の体のバランスを求めて、日々格闘している様を、徒然に書きつづる日記です。
大学病院にて
2007年03月29日 (木) | 編集 |
膠原病関連の血液検査をしてくれたようで、その結果はすべて陰性だったようです。
前回の私の取り乱した態度を謝罪し、I医師とお話をする。今回は、わりと冷静に話ができたと思う。
結局、私のみの原因はここでもわからなかった。I医師は私の質問に対して、概ね下記のように答えてくれた。

・体内に金属があることで、その金属に過敏な人は、それにより、みが誘発されることはないのか
 →ないとは言わないが、その場合、皮膚に病変がでるので、それによって、皮膚科としては対処する。従って、現状、皮膚に何らかの病変がない限り、皮膚科としては、何もできない。

・あらゆるところにみがある場合、どういう解決方法があるのか。何科を受診すればよいのか
 →心療内科を受診するのもひとつの方法

・異汗性湿疹の画期的な治療法はないのか。自分の受けている治療は、標準的な治療方法なのか
 →あるにはあるが、私レベルの皮膚症状では、そこまでやる必要はないだろう。私の受けている治療方法は、標準的であること。

最後に、検査データのコピーをもらって帰ってくる。結局、ここでも、みの原因はわからなかった。やっぱり、心療内科で抗鬱剤コースを選ぶべきなのだろうか・・・。いやいや、薬に頼っても、結局は、同じこと。心穏やかに、毎日過ごせるように、努力しよう。
テーマ:慢性疼痛
ジャンル:心と身体
痛みとうつ病
2007年03月29日 (木) | 編集 |
胆嚢を摘出すること(腹腔鏡下胆嚢摘出術)の後遺症・・・たいていのサイトでは、下痢しやすいということばかり。それ以外に触れいてる病院のサイトをみたことがないのは、私だけなのでしょうか。

それほど触れていないということは、後遺症を感じている人が少ないということなのでしょうか。

疑問がたくさんです。私の場合、3年以上たってますが、原因不明のみに苦しんでおります。手術後から始まったみなので、この手術が原因ではと考えてしまうのが、患者です。

もちろん、私の深層心理に手術の失敗があったのではないか。外科医の技量が未熟だったのではないか、などと考えるあまり、原因のないみが発生している・・・つまりメンタル面から来るみではないか?といわれれば、否定はできません。しかしながら、どうもそうは考えられないのが患者である、私なのです。

メンタル面が原因ではないか、ということで、心療内科にかかり、抗鬱剤を処方されたこともありました。私にあう抗鬱剤があればよいと思い、何種類か試しましたが、あまり効果がでなかったような気がします。効果がでないかわりに、薬の副作用で余計に体調が悪くなったのを覚えております。

原因がなく、お腹がいなどと言って心療内科と内科を兼ねたところを訪ねれば、たいてい「うつ病ですね」って言われてしまいます(笑)。もちろん、私もそう言われたこともありました。たいして話も聞かないうちに、抗鬱剤がわんさか処方されました(苦笑)。

残念ながら、この病院の先生は信用できない(話も気がず、抗鬱剤を大量に処方する)と思ってしまい、薬はそのままゴミ箱行きでした。うつ病と診断されたことがあるが、私はうつ病でしょうかと、別の心療内科を訪ねたこともありました。こちらの先生は、かなりの時間をさいて、私の話を聞いてくださいましたが、「これはうつ病とは言わないでしょう」という判断でした。

いったいうつ病とは、どういう基準で決まるのでしょう。私は、この数年で、何人かの心療内科医と会話をしましたが、うつ病だとはっきり診断したのは、このM医師ひとりだけでした。そして、大量に抗鬱剤を処方したのもこのM医師のみ。

慢性的なみ(慢性疼痛)に対して、抗鬱剤が聞く場合があるということを話してくれた医師がおり、そのすすめで、抗鬱剤をためしてみました。周期的に薬をかえ、効果がある薬を探すのです。かなり長い時間続けたでしょうか。効果より副作用のつらさで、断念してしまいました。

抗鬱剤なのですから、気分も明るくなるはずでしょうが、これらの薬を飲んで気分がよくなるのか、はなはだ疑問でした。だって、これほど副作用があるのですから、副作用のつらさで、余計にくらい気分になってしまうことはないでしょうか。

私の場合、もともとみでつらいのに、薬の副作用でよけいにつらく、かなりしんどい思いをして、効果があらわれるのをひたすら待ち続ける毎日でした。結局、効果をまったく得られないまま、辞めてしまいましたが。

みがある人は、きっと毎日暗い気分でいるのでしょう。私も、最初はそうでした。でも、もう3年も・・・・いえいえ、他のみを加えれば通算20年以上もみと共生してきているわけです。これからも続くであろう人生をみとともに生きていくのは、つらいでしょうか。そんなことないと思うのです。

もちろん、健康な人に比べれば、みというものがついてまわるのですから、決して心地良いものではありません。しかし、こういう自分だからこそ、他人のことを思いやれる自分がいるのではないでしょうか。

私は、自分にみがあることで、他人にやさしくなれる自分がいます。体調が悪い、悩みがあるという人に対して、話を聞いてあげる、たったそれだけで、その人の気持ちが楽になることを知っています。

高齢者の、体のあちこちがいという訴えだって、自分のことのようにわかってしまう部分があるのです。ですから、うんうんと相槌をうって話を聞きます。話を聞いてくれる人がいる、というだけで、人は少しだけホッとして安らげるのです。それを、私は実体験として知っています。

私をみて、きっと誰も私が「みをかかえてとても苦労している人間だ」とは、思わないでしょう。いつも笑顔で、朗らかに生活することが私の人生の目標です。

ですが、それがとっても難しいということも知っています。だから、ここで、いろいろ書いてしまうのでしょうね。ここは、きっと私のストレスのはけ口なのかもしれません。
テーマ:胆石闘病記
ジャンル:心と身体
胆石と言われて
2007年03月27日 (火) | 編集 |
私は、3年位前、胆石がありますよと言われ、胆嚢を摘出しました(腹腔鏡下胆嚢摘出術)。手術の前に、医師の十分な説明も聞いたつもりでした。

もちろん、セカンドオピニオンを求めて、まったく別の医師の元もたずね、手術をするという判断に間違いがないのかなど、詳しく聞いたつもりです。

しかし、私の記憶の中には、胆嚢を摘出したの後の後遺症について、「胆嚢摘出後症候群」「胆道ジスキネジー」などの言葉を用いて、説明してくれた医師はおりませんでした。

私は、胆石かどうか、検査入院をしております。そのみが、胆石からくるものなのか、胆石以外にみの原因となるものが本当にないのだろうか、ということを調べたかったようです。

その検査入院の際に、他にみの原因が見つからない以上、胆石によるみと判断し、手術をすすめられました。検査を担当するまでは、内科医が、手術については、外科の医師が説明してくれました。

私は、外科医に対して、後遺症の質問をしましたが、ほぼないだろう、あるとすれば、数ヶ月、下痢などの症状が続くことくらいでしょうという話でした。

それでも納得できなかった私は、検査入院中に、二人目の外科医と話しました。その際にも、後遺症の話をしました。どのようなものがあるのかということです。しかし、ここでも、脂っこいものを食べると、下痢しやすくなるが、それも、せいぜい数ヶ月程度で、体がなれてくるでしょうという話だったと思います。

その検査入院中に、私は二人の外科医と話をしました。おそらく、二人目の医師と話をした後に、手術の予定を入れてもらったような気はします。

しかし、私は、それでも後遺症の心配があるかどうか、この病院とはまったく別の病院を訪ね、まったく別の3人目の外科医に検査データを持っていき、見解を求めました。手術をしようとしている病院とは、系列の違う病院です。しかし、この医師も、特別、後遺症のことについては、今までの外科医とほぼ変わらない内容だったと思います。

しかし、この外科医は、今の状態がそれ程悪くないのならば、手術後の弊害があるかもしれないので、その危険性も考慮した方がよい、というようなことを、おっしゃってくださったような気がします。

確かに私の場合、たいていの人が感じるような激のようなものは感じたことがなく、我慢すればできないことはない程度のみだったのです。そのみと、もしかしたら続くかもしれない術後の後遺症や、術後の体力低下、仕事への影響なども考慮して、手術をするか考えたほうがよいというようなことをおっしゃったような気がします。もちろん、将来的に炎症を起こして、緊急手術というようなことにもなりかねないのだという話もしてくださったと思います。

私の場合、胆石といっても、胆嚢がはれたり炎症をおこしているわけではありませんでした。従って、緊急性がなかったわけです。

私は、さらに、もう1人、外科医に話を聞きました。4人目です。親戚が外科医なので、相談してみたのです。胆嚢を摘出することによる弊害があるかどうか。しかし、ここでも、いままで聞いた程度の後遺症の話しか出てきませんでした。

私は、トータルして、4人の外科医の話を聞きました。そして、自分で判断して、手術をお願いしたわけです。当時は、いろいろな話を聞き、さらに、ネットでの体験記もいろいろな人のものを読みました。

しかしながら、後遺症で苦しんでいるというような体験談を書かれている記事はまったく検索できなかったのです。もちろん、私の検索技術の無さからかもしれません。

私の術後から始まった胸部から腹部、そして背部に続くみは、原因が特定されず、3年後の今に至っております。3年前は、原因がないみなので「慢性疼」という病名をもらったこともありました。

私は、このみで術後3年たった今でも、苦しんでいるのです。そして、そのみの原因のヒントとなる言葉「胆嚢摘出後症候群」「胆道ジスキネジー」という言葉を、つい最近知ったわけです。

術前にこの言葉を知っていたならば、もう少し、手術について考察したかもしれません。術後にこのようなみが起こったとしても、納得できたかもしれません。

おそらく、私のように胆石の手術後、みに苦しむ人は、ほんのわずかなのかもしれません。だからこそ、医師は説明しなかったのかもしれません。しかし、患者側からすれば、たとえ数%でも、そういうみが起こる可能性があるのならば、ヒトコト、ふれていただきたかった。患者としての願いは、ただヒトツ、可能な限り、手術のデメリットにも触れて欲しいのです。

私のみの原因は、未だわかっておりません。「胆嚢摘出後症候群」という言葉で診断がおりるかもしれません。或いは、やはり原因は特定されませんと、医師につげられるかもしれません。どのような結果になろうとも、前向きに歩んでいくことだけは、ここに誓います。

みと共生する方法を、日々探求している私の心からの思いです。

テーマ:胆石闘病記
ジャンル:心と身体
今日の慢性疼痛
2007年03月26日 (月) | 編集 |
今日は、暖かあったせいか、胸部のいや〜なみはなかったです。
でも、背中とか首とか腰とか指とかかったけど。
でも、胸部のみがないんだから、幸せだと思おう。

今日の一日を感謝します。そして、明日も良い日でありますように。
おやすみなさい。

最後になっちゃったけど、地震の被災者の皆さんの苦が少しでも軽減されることも心より祈っております。
大学病院にて
2007年03月22日 (木) | 編集 |
大学病院に行ってきた。結果は、期待していたものとはまったく違っちゃった。I先生に診て貰えたのだけれど、はっきりと「掌蹠膿疱症じゃないですね」って言われちゃった。

実は、自分でも、違うんじゃないのかなぁとは、思っていたんです。だって、ネットとかで掌蹠膿疱症の画像とかをみると、自分の症状は軽すぎるから。それでも、みの原因が、掌蹠膿疱症であることを願ってしまったんです。だって、掌蹠膿疱症ならば、必ず治す方法があるからです。

先生は、とても良い先生だと思うのだけれど、私、涙がぽろぽろこぼれてきちゃって、最後は、話ができなくなってしまいました。

私は、自分のみのことを話すときに、どうしても感情が不安定になって、涙が出てしまいそうになっちゃうみたいなんです。医師によるのだけれど、忙しそうな医師で、話を聞いてくれないと感じてしまうと、余計に涙が落ちそうになっちゃうわけです。必死にみを伝えようとすればするほど、涙目になっちゃうわけです。

人前で泣くなんて、ほんと自分でも驚いちゃうのだけれど、実は、これで二度目なの。前にも、医師のヒトコトで、とても傷ついて涙がぽろぽろとこぼれてきてしまったことがありました。

今回は、泣きながらも、必死でみを伝えてみました。医師は、血液検査をしてみましょうと言ってくれたけれど、これまでに何度も血液検査はしてきたはず。今までは、まったくみの原因となるようなものは出てきませんでした。検査項目を増やすとは言っていたけれど、きっとなにもでてこないのだろうなぁ。

次回、I先生に会えるとしたら、冷静に話せるように努力しようと心に決める。そして、以下のことを質問してみようと思う。

・体内に金属があることで、その金属に過敏な人は、それにより、みが誘発されることはないのか

・あらゆるところにみがある場合、どういう解決方法があるのか。何科を受診すればよいのか

・異汗性湿疹の画期的な治療法はないのか。自分の受けている治療は、標準的な治療方法なのか
テーマ:慢性疼痛
ジャンル:心と身体